遠くて浅い海

「遠くて浅い海」 ヒキタクニオ

遠くて浅い海遠くて浅い海
(2005/09)
ヒキタ クニオ

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消し屋・将司は、新薬開発に成功した天願を消す依頼を受ける。
その条件は、彼を殺すのではなく、自殺するように仕向けてほしいというものだった…。
沖縄の海で天才と天才が対峙する、忌まわしくも哀しい ”血と記憶” の物語。
2006年 第8回大藪春彦賞 受賞作品

読み終ってしばらく涙が止まらなかった。

「消し屋」シリーズで一番完成度の高い作品だと思う。

今回、消し屋は、”将司さん” と名乗っている。
「消し屋A」の最後で、次は沖縄でも行くか、と言っていた通り、沖縄にやって来た。

この話がツボに入ったのは、「天才」が出て来たからだ。
「天才」という存在に、たまらなく興味をそそられる。
レオナルド、ミケランジェロ・・・フレデイ・マーキュリー、美空ひばり・・・。


天願圭一郎(32) ただ知能指数が高いというのではない。
全てに「異常値」を叩き出す男。
頭脳だけでなく、身体能力においても「異常値」。
4歳から研究所で ”飼われ”、17歳までの詳細な観察記録が残る。
18歳で新薬を発明、巨万の富を築く。


―― いい男だな・・・。

初めて天願の写真を見た将司は言う。
顔だけでなく、ガタイもいい。美丈夫。
もっとも「自殺」から遠い男。


天願の天才ぶりを示すエピソードがおもしろい。
大体、天才のエピソードというのは、いつもおもしろいのだが。
特に、16歳の時、「実験」 と称して、沖縄の一つの組を壊滅させる、という件がおそろしい。
まさに、アンファン・テリブル=恐るべきこども


この作品には、いくつかの斬新な仕掛けがある。

まず、今回の仕事(シノギ): 「ターゲットに自殺させる」
単純に殺すだけなら簡単だが(将司さんにとって、だが)、人に自殺させるように仕向けることなど可能なのだろうか。
人が自殺する、というのは、絶望した時だ。
大切なものを失った時: 愛する人、地位、名声、金・・・健康というのもある。
が、天願は、愛する人もなく、地位・名声・金に全く頓着しない人間であった。

この命題に、将司は、ヒキタクニオは、どう答えを出すのか?


次の仕掛け:
将司さんとオカマの女房 蘭子は、ゲストとして天願邸に滞在することになる。
そして、自分の職業は、「消し屋」だと、天願に話すのだ。


ええ~っ!
消し屋がターゲットの家に?! 
ターゲットに正体をバラしていいんすかあ?!

とにかく今回、何度も驚かせられっぱなし!


しばらくしたある日、天才 天願は言う。


―― ねえ、将司さん、あんた俺を殺しに来たんだろう。
―― そうだよ。俺を追い出すか。
―― そんなことはしないよ。将司さん、俺をどうやって殺すんだい。


後日、


―― 将司さん、こうしようよ。俺もあんたを殺してみようと思うんだけど。
   ね、面白くないか? 俺だけ狙われるのは不公平だよ。


かくして、読んでいて気の抜けない、緊張感ある展開となるのだ。
そして、天願と将司さんは、ある日、天願の広大な敷地にあるサーキットでバイクレースをする。

―― それで何を賭けるんだ?
―― 命の次に大事なもんだぜ。
―― よし、俺は蘭子を賭けてやるぜ。負けたらおまえにやる。


もし将司さんが勝ったら―


―― おまえだ。おまえを俺に抱かせろ。
―― はは、そうくるかあ! 面白い、いいよ、将司さん。

ええ~っ! 
この対決どうなるのお?!


いや、もっともこの勝負の行く末を思ったのは蘭子だった。
この時の蘭子の思考がおもしろい。


―― もっとも嫌なことは、将司が勝つと、将司が天願と寝るということだ。
   それは死ぬほど嫌なことだ。    
   そして、将司の心は見えない。
   将司は、笑いながら人を殺す・・・。

結局、このことが伏線となり、ラストにつながる――。

これは、オカマの業、消し屋の業 の話でもあったのだ。

本件の依頼人は、天願の年長のいとこ、小橋川である。
ビジネス上の片腕でもある。
が、依頼の理由は、読者に明かされない。
これがミソだ。
ただ単に、「金の問題」であるわけがない。
それが ”オチ” だろうと、期待しながら読むことになる―

驚愕の最終章。

また、タイトルの 「遠くて浅い海」 とは何か?
これも最終章で明らかになる。
なんて悲しくて、素敵なタイトルだろうか。

そう、とにかく悲しい話だった。
たまらなく悲しい。
この悲しみは、沖縄という街の悲しみでもある。
が、同時に、 いや、「悲しい」とは違う、何か胸をかきむしられるような、言いようもないものに、心突き動かされるのだ。


しかし、このシリーズの常で、それなのに、ラストは突き抜けた清々しさがあるのだ。
大体、「消しの仕事」が、ハッピーのわけがない。
なのに、なぜか清々しいのだ。
これぞ、ヒキタマジック。


ちょっと興味深い件りがあった。
天願と蘭子の会話:

―― もしかするとヘルマフロデイトスなのかな?
―― 何それ?
―― 簡単に言えば両性具有。よく、アンドロギュノスって言うよね。
でもアンドロギュノスは、精神的なものなんだ。
ヘルマフロディトスは、男と女の性器を持つ者を言うんだ。
蘭子さんはしっかりとしたセックスチェックは受けたことある?
下腹部のレントゲンとか、開腹手術は?
もしかすると、子宮と卵巣が存在しているかもしれないね。
それか、コーガンと肛門の間を切開すると女性器が隠れているかもしれない。
―― じゃああ、子供が産めるかもしれない!?
―― うーん、難しいと思う。たぶん、存在したとしても未発達か退化していて機能は果たせないと思うよ。
子宮という臓器は、とても繊細だからね。ちょっとした異常も許さない。
それに子供を産み落とすというシステムはとても複雑で簡単なことじゃない。

ほほ~ぅ、ヘルマフロデイトス 初めて聞きました。
いろいろ勉強になりました。


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Author:ナンシー☆チロ
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追記・その他

  (2017/07/15) 「FATHERS」に追記あり。 プーン役のAsda Panichkulは元MTVアジアの人気VJで東南アジアでは有名人。 ユク役のNat Sakdatornはタイのタレント発掘番組で優勝した実力派シンガーソングライター。

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